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2006年4月

2006年4月30日 (日)

心配事

「永遠のライバル」が、サージュからトレスに移行しつつある様子を見て、
トレスには悪いけれど少し安心していた私。でも、ベリーの悲しみは
思ったよりも深く、そして神経質である分、余計に感じるところも多いように
思えてきました。

夕べはいつもの自分のベッドで寝ていたベリー、今朝起きると、サージュの
ベッドで寝ていたそうです。サージュのベッドに行くには、ベリーの嫌いな
サークルのそばを通らなければならないので、通常移動することは
考えづらいのですが、不思議なこともあるものです。

そして最近、実に遠吠えが多くなりました。べにおがいないときに私が
部屋を空けたり、私がいてもインギーズが寝ていて部屋が静かなときなど、
良く鳴いています。その他のときは、本当に寝ているだけ・・・
昨日の夕飯も、その準備が完了するまで爆睡していました。

そんな様子を見ていると、私もだんだん心配になってきます。

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2006年4月29日 (土)

永遠のライバル(BlogPet)

こべりーはべにの動きとか察知したかも。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「こべりー」が書きました。

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2006年4月26日 (水)

新たなターゲット?

Beritre051113_1

家の中では威張りん坊のベリー、その威勢はどこへいったかな、と
思っていたら、ここ2,3日、トレスへと向けられてます。

でも、トレスは自分から仕掛けていくこともある割には、
かなりのへたれ。ベリーから来られると、スゴスゴと
退散しちゃいます。

それがベリーには物足りないようで、「脅し甲斐がない」とばかりに
一瞬で終了。トレス、ベリーの闘争心をかき立てるような
ライバルになるには、もう少し精進が必要なようです。


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2006年4月23日 (日)

日々の変化

ちょっぴり老け込んだベリーは、部分的にあまえたさんにもなって
きたように思います。
まー、ベリーの場合、この「部分的」というところがポイントでして・・・
あまり真に受けるのも危険ではありますが、表向きは威勢の良い
彼、最近とくに、独りになることを嫌うんです。

べにおの散歩時はとくにそうで、インギーズだけが連れて行かれると、
ピーピー鳴きながら、ドアの前を行ったり来たりしています。
インギーズとベリーは歩くペースも違うので、今までもこういう
組み合わせは珍しくなかったのですが、どうやら1人で残されることが
気に入らないようです(ちなみに私はいるんですがね・・・(-_-;))。

私には、「サージュとトレスとアネラだけ一緒に出かけてずるい!」
と、思っているようにみえます。

夜寝るときは、みんなで寝室に移動。ベリーの寝る位置は、部屋を
入って左手ですが、右手にあるサージュのベッドを必ず確認します。
「あのでかいの、まだ帰ってこないのかな」といった感じなんでしょうか。

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2006年4月22日 (土)

4月7日(金曜日)(BlogPet)

きのうロで、留守番したいなぁ。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「こべりー」が書きました。

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2006年4月20日 (木)

サプリメントジプシー

ベリーさんの抱える身体的問題2点。

まず1つは変形性脊椎症。手術以外に治す方法がなく
(手術してもどうかな・・・ってとこ)、現状維持が最大の目標。
でも、最初に症状が出てから、本人は「そんなこと知りません~♪」
ってな感じで走り回っていたので、安心していたわけです。

が、ここへきてガックリダウン。とにかくほとんど動かなく
なっちゃいましたのでねー。身体を動かさなければ、しびれも
起こるし筋肉も痩せるー。狭い範囲だったけど、1日に何度も
行われる『サージュ監視巡回』の役割は大きかったんだね。
というわけで、先月辺りからはじめていた関節用のサプリの量を
ちょっと増やすことにしました。製造会社の注意書きによれば、
急性期はかなり量を増やした方が、効果的なんだそうです。

そして2つ目、アポクリン腺腫瘍。肛門左側にできている腫れ物です。
こちらも高度な外科的処置を必要とするもので、しかもそれが
不確実ということだったので、ベリーの年齢等の理由から、
現状維持、もしくは縮小を目指して頑張っています。こちら用にもサプリ。
粉末タイプでおいしくないのか、とても不評。ほかにすりゴマ
なんかと混ぜて、あげちゃってます。

この2種類のサプリメント、実はどちらも2番手です。
最初に使っていたものの、結論を出すにはまだ早いかなと思ったけれど、
あまり効果が見られなかったので、思い切って最近変えました。
もともと最初の商品を選ぶ際、候補には上がっていたので、すんなりと
移行。ネットで集めた評判や、他の人の体験談のように、少しずつ
でも構わないので、効果が現れてくれるといいなー。

あまりジプシーするのは性に合わないので、もう次のはないよー(-_-;)

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2006年4月17日 (月)

永遠のライバル

B060328s

これは本来ベリーのブログなのですが、ここしばらくは
ちょっと拝借してサージュのことを書いていました。

本当は、『介護日記』ってな感じで、新しいブログを立て、
ずーっと書きたかったのですが、いくら文句を言っても、こればかりは
仕方のないことですね。
でも私はそう思えても、そう思えない方が一名・・・いえ、一匹。
ベリーさん、サージュが倒れてからすっかり老け込んじゃいました。

日中もほとんど寝ていて動きません。そのせいで、腰がますます
しびれるようで、動きもぎこちない・・・。おまけに、ご飯やおやつを
あげようとしても、まったく気づかなくなっちゃいました。

サージュは本当にお散歩と食べることが大好きだったので、
そういったことに関する人間の動作にはとても敏感でした。しかも
気づくと黙ってはいられない・・・! ちょーだい、ちょーだいと
あの大きな身体で大騒ぎでした。なのでベリーは、それで
雰囲気を察知して、どこにいても私の元へとやって来ていたのです。

インギーズもリアクションは派手なんですけど、まだまだ
追いつかないのかなー。

そしてもう1つ。老け込んでしまった原因は、動きが少なくなったから
だけではなく、なんだかとっても寂しそうで、いつもの勢いが
ないんです。ベリーだけが放つ、怪しいオーラも弱弱しいし・・・
(あ、でもこれは室内のことだけで、外に行くときは、まだまだ
近寄りがたいバリアを出しまくっていますが・・・^_^;)

どうもベリーは、彼の心のライバルが、いつかどこからか帰ってくると
思っているようです。

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2006年4月 9日 (日)

4月9日(日曜日)

今日の午前10時半過ぎ、サージュは息を引き取りました。
夕べからその間際まで、本当に健康なワンと変わらぬ
様子だったので、私は目の前の出来事を、信じることが
できませんでした。


今朝は、数日前私が注文した介護用のベストと、ベッドの
替えカバーが届いたことから始まりました。介護用ベストは
寝たきりの子を想定して作られた、とても優れものでした。
注文先のお店の方が、一刻も早く届くよう手配してくださり、
朝の8時過ぎに届いたそうです。ねぼすけな私が起きた時には
サージュはすでにベストを着せてもらって、誇らしげでした。
彼の朝ごはんとなるお粥も、べにおが炊いてくれていました。
サージュはそれが自分のだとわかっているようで、べにおの
横にピッタリとくっついて、待ち構えていました。

お粥が冷めた頃、みんなのごはんの準備を始めると、
サージュは今日もベッドから立ち上がってやってきました。
お粥も本当においしそうに食べ、満足そうでした。その後は
水のある場所までスタスタと歩いて行き、ちょっと口を潤すと
次はオシッコです。私の顔を見て、自分からいつもオシッコを
する場所へ移動していきました。私はサージュの足元に
ペットシートを敷き、かがんでポーズをとるサージュの背中を、
介護ベストに縫いつけられた2本の取っ手を持つことで
軽く支えてあげました。ベストはなかなか良い感じで、
サージュも身体に直接触られるよりずっと気分が良かったのか、
たくさんオシッコをしました。

今日は、昨日病院で先生と相談した、サージュのこれからの
食材を買いに行く予定でした。サージュにとっては、これが
生まれてから3度目の手作り食移行となります。けれど、
今回はサージュが好きなものが主体となるので、今までで
1番幸せな手作り食となることでしょう。

食欲がなさそうなときにはカロリーメイトが意外といいとか、
胃壁を保護する働きのあるカボチャ、水分の排出を手伝う
カリウムが豊富なりんごやバナナ、そして適度なカロリーを
補いつつ消化が良い鶏肉などなど・・・。たくさん、たくさん
買出しに行くつもりでした。
なので私は、出かける準備をするために部屋を移動しました。
けれど、その後5分も経たぬうちに、べにおがサージュを呼ぶ声が
聞こえてきたのです。

キッチンに戻ると、上半身をべにおに抱きかかえられ、床に横になった
サージュの姿がありました。私がキッチンを出たとき、サージュは
シンクに立っていたべにおの横に、「まだご飯が足りない!」とでも
言いたげに立っていたので、ほぼそのままの状態で倒れたようでした。
そばによると、呼吸が大分弱くなっており、べにおが呼んでも目線が
泳ぎ、瞳孔も開いてきていました。舌からだんだん血の気がなくなって、
たまに息をしようとするのですが、ひきつけのように短い吸気だけでした。

べにおは身体をさすったり、名前を呼んだりして、サージュを呼び戻そうと
していましたが、明らかに火曜日に倒れたときとは様子が違ったので、
気づくと私は、「もう好きに行かせてあげよう」と言っていました。
もともとフリーにしたら、あまり呼び戻しが効かない子でした。
追いかければいっそう喜んで逃げていくような子でした。

べにおがさする手を止めて数分も経たないうちに、呼吸が完全に
止まりました。これがサージュの最期でした。
本当にあっけなく、そして、少しずつでも回復傾向にあると信じようと
していた矢先のことだったので、言葉も感情も、何も湧いてきませんでした。


サージュにしてみたら、旅立つ前にお腹いっぱいにして、お水も飲んで、
オシッコもし、準備万端だったんだと思います。
最後に食べたご飯は、べにおのお手製で、出発のお見送りもべにおの
腕の中で、ちょっと悔しいけれど、べにおのことが誰よりも好きだった
サージュにとっては、この上ない幸せだったのではないかと思います。

サージュはとてもきれいでした。ずっとお腹を壊していたので、なかなか
できなかったシャンプーも、体調が落ち着いてきた3月末にできましたし、
幸いにもあまり苦しまなかったせいか、表情が普段眠っているときの
ように穏やかでした。
そして翌日、散々手を焼いた弟たちとも1人1人お別れをして、本当に
虹の橋を渡って行ってしまいました。

余談ですが、ベリー、トレス、アネラの3匹が、サージュが倒れた時に
何をしていたかというと、そばでじっとしていたのです。普段なら、
「何の騒ぎ?」とズカズカ邪魔に入ってくるところが、そのいっときは
横でそっと様子を伺っていたようでした。そしてお別れのときも、
途中でお腹が空かないようにと、サージュのそばにたくさん詰め込まれた
食べ物には目もくれず、一生懸命サージュの匂いをかいでいました。
皮肉なことに、私たちよりも、とても上手にお別れをしていました。

サージュの最後の6日間が、そして12年5ヶ月という一生が、本人に
とってどんな時間だったのか、今は尋ねるすべもありません。
また、私にとっても、それについてはしばらく自問の日が続くのでは
ないかと思います。

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2006年4月 8日 (土)

4月8日(土曜日)

今日は、サージュの愛する我が弟が、お見舞いに来てくれました。
サージュがどうしてこんなに弟のことが好きなのかは
分かりませんが、案の定、大喜びでした。
火曜日に倒れて以来、食事とトイレ以外で起き上がることの
なかったサージュが、弟の姿を見るなり、のっそりと起き上がり
尻尾をブンブン振って、近づいていきました。
そのあとはまたベッドに横になっていましたが、今日はVIP待遇で、
他の子が焼きもちを焼くほど、たくさん撫でてもらってご満悦♪

サージュの様子が落ち着いてきていたため、今日は夕方から
病院での再診を予約していました。病院に行く途中の車では、
倒れた日と打って変わって偉そうに外を眺め、お散歩中の犬に
吠えることも・・・。また、無理やり座らせないと、ずっと
立ち続ける勢いで、その様子だけを見れば、なんらいつもの
サージュと変わりがありませんでした。

受診の結果は良好で、火曜日より体温も上がり、歯茎の
血色もよくなり、顔色(?)もよくなったね、と先生。
そして、食事が摂れるようになったのなら、と、お薬も
出していただきました。それで1週間ほど様子をみようということに。
(1週間分の薬を出されたことが、私にはとても嬉しかったのですが、
あとで伺ったところ、先生の心境は複雑だったそうです)

夜はまたお粥を作り、腹7分目ほどを見計らって食べさせました。

この日のサージュは、本当に奇跡が起こせそうだったのです。

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2006年4月 7日 (金)

4月7日(金曜日)

昨日辺りから状態が落ち着いてきているようなので、
長期戦を見越して留守番の練習を始めることにしました。
仕事を辞めることも考えたのですが、常識的に考えても
今日・明日中に辞められるはずもなく、不安に思いながらも
留守番させることに決めました。

幸いにも職場がそう遠いわけではないので、定時就業であれば
午前中は2時間、午後3時間の留守番で済みます。
とりあえず昼休みに一旦帰宅するスタンスは変えずに、試験的に
スタートすることにしました。
本来ならば、この繁忙期に定時帰宅など、非常識極まりない
のですが、幸いにもボスが長期出張中だったので、同僚の厚意に
甘えて実行させてもらいました。

まず昼休みの帰宅時。定番となった離乳食をあげると、
今までにない勢いでペロリと平らげました。そして歩いて
水を飲みに行き、自分の寝床に戻っておやすみ・・・のはずが、
なんと方向転換をし、いつも留守番時に彼が寝ていたソファの上に
登ってしまったのです。
体力や元気が戻ってきたのは良いことですが、予測だにしなかった
この行動には私もびっくり。それよりも、このままの状態では、
危なくて職場に戻ることができません。元気なときは簡単に
昇り降りできたソファも、今のサージュには一苦労なはずです。

火曜日に倒れた時から、臨時で使っていたマットが気に入らなかった
のでしょう。仕方がないのでいつもサージュが夜寝るときに使っていた
羽毛ベッドを移動してきました。
が、ここで問題発生。サージュをどうやってそこに誘導するか・・・。
しばらく悩みましたが、だんだん昼休みの時間もなくなってきたので、
意を決してサージュを抱いて移動させることに。その距離2,3m。
自分の腰に、どうか頑張って!(笑)と、お願いしながら32kgの
サージュを抱っこ。ソロソロと移動しました(これは腰じゃなくて、
脳の血管が切れるかも、というほどのズッシリ感でしたが・・・)。

それでもなんとかベッドまで運ぶと、サージュも満足したようで、私も
安心して職場へ戻ることができました。
考えてみると、大人になり、30kgを超えたサージュを1人で
抱えたのは、後にも先にもこれっきりでした。

夕方帰宅すると、動いた様子もなく安静にしていたようで、
ハプニングはありましたが、初日の留守番はなんとか無事に
終わりました。
さて、次は夜の食事です。昼間の元気は本物だったのか、
他の子たちのご飯の支度をしていたら、寝込む以前のように、
サージュが我先にと起き上がってキッチンにやって来ました。
これまたびっくりした私は、喜び半分の複雑な心境で、慌てて
お粥を炊きました。いきなりドライフードというわけにもいかない
かな、と思ったので・・・。そのお粥に、離乳食用のふりかけを
トッピングして、少しカロリーをプラス。すると、美味しそうに
全部食べてくれました。

今日は留守番もきちんとでき、食欲もかなり戻ってきて、
『大変良くできました』の1日だったと思います。

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2006年4月 6日 (木)

4月6日(木曜日)

ちょっと状態が落ち着いてきたので、今日は朝から出勤することに
しました。午前中の2時間ちょっとを、お留守番してもらい、昼休みに
1度様子を見に帰宅。その途中、母をひろって、今日も午後の
留守番隊に参加してもらうことにしました。

サージュも2日連続で母に会えて嬉しそうです。寝たままですが、
母の顔を見ると尻尾を元気よく振るようになりました。
余談ですが、サージュは私にはあまり尻尾を振りません。
べに家一族のなかでは1番おっかないので、どうも
嫌われているようです^_^;

昨日からですが、朝晩とあげていた食事のうち、朝の分を
お昼にあげることにしました。食事行為そのものが、心臓に
負担がかかりますし、食後も疲れた様子が見えるので
食後小1時間で私が出かけてしまう朝に食事を与えるのは
不安だったからです。

今日のメニューも離乳食(レバーと野菜のペースト)とポカリです。
だんだん食欲も出てきたようで、食べるスピードもさることながら、
ごはんの仕度をする私の姿を目線で追うようになりました。
今までは視線の方向を変えるのも億劫だったようなので、
少しは体力も戻ってきたのかなと思います。

それにしても、離乳食には他のワンも興味津々。かなり
羨ましそうに右往左往しています。私が試食してみたところ、
味もかなり薄めだし、においも「??」なのですが
ドライフード主体の我が家では、病気のときに作る手作り食や、
処方食の缶詰など珍しいものは、やはり羨望の的です。

今日のサージュの排泄は朝1回、夜1回。ウンチもオシッコも
きちんと外で済ませました。オシッコの場所を決めるために、
短い距離ですが自分で歩くこともできるようになってきました。
また、近所の子の姿が見えると、門越しにでも頭を撫でて
もらおうと、近づいていく元気も出てきました。
これで少し落ち着いてくれるといいのですが・・・。

P.S 今日は待望の『渡鬼』初回放映日だったのですが、
    私としたことが、うっかり見忘れてしまいました。
    大失敗です(><。)


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2006年4月 5日 (水)

4月5日(水曜日)

夕べ、寝る前の時間帯に少し状態がおかしくなったサージュ。
なんとか持ち直して朝を迎えました。
昨晩からべにおが一緒に寝ることに・・・。いびきがうるさくて、
安眠できないのでは?と思ったのですが、さすがべに家歴が
長いサージュ、慣れたもので気にもしていないようでした。

私は午前中仕事を休み、午後からはたまたま時間のあった母に
来てもらい出勤。もう1人の秘書さんが、残業しなくても良いようにと
外勤にしてくれたので、出先から直帰です。
サージュが口にできそうなもの、人間の赤ちゃん用の離乳食、
ヤクルト、ヨーグルト、プリン、ゼリータイプの食事、ポカリスエット
などを、とりあえず買いこみました。

母の話しでは、私の留守中、自ら立ち上がって水を飲みに
動いたとの事。何かを欲することは、すなわち生命力なんだろうと
思うのです。だから、治ることはなくても、少しずつ欲求を
思い出して欲しいなと思います。

夜は離乳食とポカリスエットをあげました。離乳食は気に入って
くれたようで、良く食べました。
が、考えたら今日はまだおしっこをしていないことに気づき、
べにおの帰宅後、2人がかりでサージュを庭へ出してみました。
やはり部屋の中では我慢していたのか、外でたくさん
おしっこをしました。
今日はオムツをして出かけたのだけど、やっぱりサージュにとって、
室内はトイレをするところじゃないんだね。
明日はオムツをしないであげるからね。

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2006年4月 4日 (火)

4月4日(火曜日)

今日は本来なら休日の火曜日。けれど昨日、訳あってお休みをいただいたので、
代わりに出勤する予定でした。なので、いつものように仕度をし、そろそろ
出かけようと思って戸締りを確認していた午前9時前、サージュが
突然バッタリと倒れました。

ドスンという大きな音がした先には、カエルのように腹ばいになった
サージュがいました。最近、かがんでするオシッコの体勢がキツそうだったので、
ベリーと同じように、腰か足にきたのかと思い、お腹を抱え込むように
持ち上げて立たせようとしました。けれど、何回やり直しても、後ろ足は
立ちません。「何やってるの?」と、サージュの顔を覗き込むと、目線が
泳いでいます。「何かおかしい・・・」と思い、とりあえず他の犬達から隔離して
横にしました。落ち着いて様子をみてみると、息遣いが荒く、浅い腹式呼吸に
なっています。そして歯茎はひんやりし、血の気が感じられません。
慌てて身体じゅうを触ると、脱糞と失禁をしていました。いやな予感が
したので、いつもの病院へ電話をしました。すると偶然にも、サージュの
子供の頃からの様子を1番よく知っている、M先生に取り次いでもらえました。

突然の電話に、先生も驚かれた様子でしたが、サージュの状態を話すと
「残念ですが心不全でしょう」と言われました。先生は延命を目的とした
入院措置は勧めませんし、第一に、あなたは望まれないでしょう?と
言われたあと、残されたいくつかの治療方法を説明してくださいました。
けれど、とにかく現状を脱しなければ、この先はありません。
「とりあえず輸液だけでもしてみては」と、往診範囲外に住む我が家へ
来てくださるとも言われましたが、たかが輸液とはいえ、往診で
できることは限られています。最後になるかもしれないその診察は、
どうしても病院へ連れて行きたいと、なぜか私はそのとき思いました。
と言うよりも、連れて行けると信じたかったのかもしれません。

先生には、しばらく様子をみて連絡をいれることを告げ、とりあえず
べにおに事情を説明。会社を早退できそうと言う彼の帰宅と、
サージュの回復を待つことにしました。
それはとても長い時間でしたが、その間私が何をしていたのか、
あまり記憶にありません。ただただサージュがこのまま逝って
しまったら・・・と、ボンヤリしていただけなのかもしれません。

午後1時過ぎ、べにおが帰宅。あまり回復の見られない
サージュでしたが、再度病院へ電話を入れ、これから連れて
行くことに決めました。
病院でサージュを診たM先生は険しい表情で、
「虚血性心不全です、もう時間はあまりないでしょう」と、
はっきり私に告げました。そして、「この年齢での心不全は
老衰です。あなたは、今までこの子に精一杯のことをやって
こられたのだから、むしろこの年齢まで元気にしていられた
、そう考えませんか?」とも言われました。

サージュは、数年前の健診で心肥大が見つかり、それから
ずっと予防薬を飲んでいたのは確かです。最近は
胃腸の調子も崩していましたし、体力は確実に衰えて
いたのでしょう。
けれど、ほんの5分前までいつも通りに朝ごはんを食べ、
オシッコをし、動き回っていた子が、こんな突然に、
私の目の前から消えようとしていることが、どうしても
納得できませんでした。そして先生が言った、今まで私が
サージュにしてきたことが、『精一杯のこと』とは、
到底思えませんでした。

先生とは、診察のあともしばらく話しをしていましたが、
それらの内容はすべて、間もなくやってくる「その時」を
受け入れる心の準備を、私にさせようとしているかの
ようでした。

私達の結論は、延命のための積極的治療はせずに、
今ある苦痛を取り除くという、先生とまったく合致した
ものでした。よって、この時の手当ては、輸液に
ステロイドを少量加え、心臓の動きをほんの少しだけ
手助けするようにすると言う簡単なものでした。

「今のサージュは苦しいのでしょうか」と聞くと、「苦痛と
いうよりも、気が遠くなるような感覚がある程度でしょう」
ということだったので、あとは本人の生命力にすべてを
委ね、自宅で看病することにしました。

帰りの車の中で、何を考えていたかはよく覚えて
いないのですが、この年度始めの忙しい時期に、2日も
続けて仕事を休めないという、責任感なのか、現実逃避
なのかわからない思いに突き動かされ、その後、私は
夕方の5時から出勤しました。
この行き場のない怒りと悲しみを抱きつつ、平常心を
取り繕い、サージュや他の子達と接することができるように、
そして「理性」という不完全で扱いにくい盾を持つ人間として、
どこまで私自身でいられるのか、大きな不安を抱えながら・・・。

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